COMCEPT
 
  はじめに

私が、中国で北京のミュージシャン“羽泉”と出逢ったのはちょうど3年前になります。それまで、中国のショウビジネスとは無縁だった私が、上海の実業家、郭家成氏と出逢い、この郭氏の類まれなる実業家としてのセンス、そしてジャンルやカテゴリー、そして国境をも越えたところに存在する“人への思い”に、それまでなんとなくぼやけていたレンズにピントが合ったかのような爽快感を覚え、いつしか彼と行動を共にするようになっていました。そしてその郭氏を通じ、中国のボーカルユニット羽泉との共同作業が始まりました。
彼らのスタジオでレコーディングをし、中国本土でのCD発売に到るまでには、日本と中国往復の日々が続き、東京で仕事を持つ自分にとってこれは決して容易なことではありませんでしたが、彼らが持つ音楽家としての魅力と変革期を迎えている中国のポピュラーミュージックシーンにおもちゃ箱をひっくり返したかのような面白さと賑やかさを感じ、吸い寄せられるように北京・上海に足を運びました。すでに“羽泉”は中国でデビューして10年を迎えようとしており、新しい中国のポピュラーミュージックの先駆者的存在で、中国の音楽業界に圧倒的なリーダーシップを誇っている存在でもありました。
そして、このスーパーデュオ”羽泉”に日本のレコーディングスタイル、日本の技術スタッフ、そして日本人である私の楽曲をもってレコーディングにのぞみ、私が最も痛感したのは、まぎれもなく“日本人は中国の音楽家の才能を見過ごしている”ということでした。それどころか、すでに中国の大衆音楽のレベルは日本の想像をはるかに超えており、欧米ばかりを追いかけてきた今の日本には、そのすばらしさを評価する土壌すら存在していないということなのです。
人間として、音楽家の原石の素晴らしさを見抜くには、決して商業ベースにとらわれないガチンコの向き合い方が必要です。国が違うからこそ、違う常識で育った人間同士だからこそ、この感覚を基本に置いて共同作業は成されるべきです。
長くなってしまいましたが、日本の企業、いや日本人はどこかで大国中国に対して、“アイデアは自分たちが投げかけたものなのだ”という一種おごりにも似た感覚を持ち合わせてはいないでしょうか。
ノウハウだけ提供すれば、当然その代償を要求していいのだという高飛車な気持ちを抱いてはいないでしょうか。国をまたぎ、お互いがお互いの幸せのために、何かを一緒に作っていくという共同プロジェクトの基本は、月並みな言葉ではありますが、相手を認め相手に自分を認めてもらう、ということから始まるべきだと思います。
私は音楽家であり、日本で放送番組を創る人間です。音楽家の一人として考えれば、中国の音楽家と交わることは、イコール人と人とのいわば、原石と原石のつながりにすぎません。そして国をまたいでは、その代償の求め方も、求められ方もわかりません。
この気持ちが、今回のプロジェクトの全てだとは言いませんが、日本企業は中国と比べると、その何十年か先の技術を持ちつつも、それを田植えしていく段階で、中国の常識にどこかで目を背けてしまっているのではないでしょうか。
ギターはフレットが音階を支配しています。でも、もしもこのフレットがなかったら、フレットとフレットの間には無限の音が存在しているはずです。
音楽の世界で国境をとっぱらった時、それぞれの感じる音だけを頼りにした新しい文化交流や新しい信頼関係が生まれるかもしれません。「自分が今聴こえているドの音はあの人の耳にどう聴こえているのだろう」、日本と中国を含むアジアの音楽家、そして音楽ファンが、言葉や常識を越えて、何となくそんなことがイメージできる間柄にこのプロジェクトを通じてなれることを願っています。
人を知り、人に知ってもらい、その櫓の上に政治や経済、そして文化の舞台が形を成していく。
音楽を軸に行う今回の日中協同イベントは、日本人が中国人と真の意味で自然にやり直しが出来る、残りわずかなステージかもしれません。

ARTLAND ASIA実行委員会
エグゼクティブ・プロデューサー
工藤健司

 
 







 

 

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